どこをどう歩いていたのだろう。賑やかな繁華街を通り抜けた記憶はある。駅前に着いた後は、特にこれといったあてもなく、線路沿いに進んだ気がする。踏切を越え、交差点を何度も過ごし、だんだんと人の気配も感じなくなってきて、ついには、河川まで来てしまっていた。
　周囲には誰もいない。ネオンの光もすっかり遠ざかって、どこか遠い世界に淡く灯る色にしか見えない。ただ聞こえるのは規則正しい水の流れが刻む音と、虫の声だった。ジョーは小さく吐息した。
　つと視線を落とす。足元を覆う雑草が揺れていた。小さな虫が盛んに鳴いているのが目に入った。短い命を精一杯生き、そして子孫へ託す為に。「彼」はパートナーを呼んでいるのだろう。ジョーはため息をついた事を少し悔いた。「彼」の命の行為を邪魔したような気がしていた。
（なんで、こんな風に思うんだろう）
　いままで考えた事もなかったものが、急に胸中を満たし、そのうえさざ波をたてていると知り、ジョーは戸惑った。視界の中にいる虫は、突然すいっと軽やかに飛んで、場所を代えて行った。もう動いてもいい、と許された気がして、またジョーは困惑した。こんな小さな事になぜ気が立つのだろう。よく判らない。
　判らないまま、足を動かしていた。雑草を踏み分け、土手を降りる。砂利敷きの河川際まで来た時。
　ひょう。風の向きが南からやや東より、川の上流向きになった。さわわ、と流れる水の表面が乱れた。

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